2017年03月

 前日の夜はなかなか眠れなかった。身体中がさざめき立ち、ひとりでに右へ左へと向きを変える。眠ろうとしているはずが、頭のなかに静かに吹き荒れる考え事を見つめている。ひとつのピリオドが打たれるときまで、あと少し。絶えず続くと思われた、それも幻想だと知っていた、4年間もの長くも短い時間が終わる。

頭のなかでの上映会。4年間の時の流れ、出来事の流れが、早送りとスローを組み合わせて、何度も再生された。そのあとで、再生された情景をすべて言葉にして、再び振り返った。私は、4年間で何ができただろうか、何ができなかったのだろうか、何が変わったのだろうか、何を捨てたのだろうか。次々に現れる問いかけ。詰まる答え。インプットされるばかりで、一向にアウトプットされない。毎日のように考え、答えの出なかったものが、最終日になって答えが出る、なんてことはないのだ。ろ過されて残ったものは、倦怠感しかないのだ。毎日のように経験しているそれを、その晩になっても味わってしまった。朝が間近に控えだし、焦りがつのる。ああ、まずい。このままはいけない。夜と朝の境界、前日と当日の境界をしっかり理解しておきたい。理解していたかった。日付も変わる前、布団に入りながら穏やかに浮かんだ願望は、午前4時を過ぎたころには、とうとう観念めいた、追い立てる言葉に変わっていた。1時間ほど眠ったのち、カーテン越しの景色がまったく変わらない朝を迎える。想像していた卒業式の朝とは、大きく異なっていた。できるだけ穏やかでにこやかなものでありたかったが、大きくささくれた朝になってしまった。まあ、ささくれもいつの間にか流れる日でもあるのが、卒業の日らしいのだが。

 慣れないスーツ。きついスーツ。やっぱり太ってしまった。太った痩せたの直感よりも正確な服のきつさ。思いのほか、軽々と締めることができた紫色のネクタイ。好きな色だ。好きな色を身にまとうことは心に嬉しかった。朝7時台後半の電車に乗って、埼玉県内の大学へ。電車のドアが開くたびに、冷気が増していく。少しだけ、この感覚も、北に向かっている感覚も、明日からは遠くなるんだな、と感じた。何かに所属することは、日々の感覚がより増えていくことだ。明日からは、その感覚が去っていく。私そのものだと思っていたものが、実は借り物であることを思い知るのだ。また感覚を借りるために、しきりに動かなくてはならない。そう思うと、少し気持ちが重たくなった。

 大学に着いて、さっそく学帽とえんじ色のガウンを借りた。入学式にも羽織ったガウン。学部別に色が分けられている。私の所属する学部はえんじ色。他にも、緑色、青色がある。えんじ色も好きな色だ。赤系に反応するのだろうか。少し華やかな気になった。環境に慣れているかそうでないかの違いだろうか、入学式でも羽織ったはずが、初めてのように思えた。友達と談笑する学生を横目に、早々にチャペルへ入った。とくに今、話すこともないかな、と冷めていたところもあったが、数日前から再発しためまいが強くなってきたのもあった。この日にも起こるかなあ、めまい。

 卒業式は、およそ1時間半。そのあいだにも、めまいが刻一刻とひどくなっていく。当然ながら、出席と着席を繰り返す。そのたびに、視界がぐらっと揺れた。そういうこともあり、卒業式の内容をほとんど覚えていなかった。とにかく、途中退席をしたくない、なんとか耐えよう。それだけだった。わざわざ格闘するために出ているようなものだ、とも思えたが、形式的なピリオドは大切なものだと言い聞かせる。

 式を終え、チャペルを出ると、やわらかな日差しが注いだ。周囲のえんじが風にはためく。鮮やかに揺れる。見上げると、空は薄く青かった。雲は、絵筆をそっと差したくらいのささやかさだ。こんなにも澄んでいたのか。学科での卒業証書授与式が待っていた。視界が揺れる。ちゃんと歩けているのかな。教室へと移る間にも、現実なのか、空想なのか、よくわからない気分でいながら歩いた。こうして列をなしているえんじ色の学生も、4年間のすべても、空想だったら驚きだな、と、少しだけ考えた。

 教室での授与式は、楽しく、明るく、そして真面目な、人文科学らしい空気で包まれた。その場にいる皆が、にこやかで、穏やかな表情をしていた。私といえば、ただ素直な表情をしていただろう。取り繕わない、無表情。ただそれは、めまいが強いのならば仕方のないことだった。めまいにさらされる間は、何もかもがぼやけて見えるため、夢の中にいるように、遠くにあるものに思えるのだ。しかし、こう言ってはいけないかもしれないが、それがよかった。4年前の、入学式の日と重なって見えたのだ。

 入学式あとの、学科での集まりにも、この教室を使ったのかもしれない。入学早々、学科内でのグループ分けがされ、その顔合わせがあった。そのときも、えんじ色のガウンを羽織ったまま挨拶をした。誰一人知らない、この教室がどの位置にあるのかも知らない、不安ばかりの空間だった。大学の最初の記憶がそれだった。始まりと終わりが結ばれたような感覚。本当におしまいなのだ。授与式になって、強く思い知らされた。 



 いつも思うのだが、卒業式の日は、その日だけは、誰とでも仲良くなれる気になる。心が緩む。まるで停戦された地域にいるような、手放しの安心感がある。それは、もう誰とも久しく会わないことが分かっているからだろうか。離れることを知っているからこそ、分かり合える気になるのだろうか。

もしそうだとしても、それで終わることは、なんと嬉しいことだろう。別れに悲哀がないことの喜ばしさは、何にも代えがたいものかもしれない。なにしろ、また会える気がするのだ。楽しく終えることは、どこか続きがあるような気にさせるから、とっても好きだ。

授与式のあと、後輩にもらったピンクの花が強く映えるたびに、喜怒哀楽のすべてが、いきおいよく昇華されていることを素直に喜んだ。この日だからこそ言い切ってもよいだろう。底抜けに明るい「さようなら」が、この先に待っていることを願う。4年間の日々が、心のどこかに染み込んでいると信じる。

 すべてが手から離れることは、なくなることではなかった。残り香として、ずっとそこにあるのだ。ありがとう。さようなら。

 過去の記憶を遡ろうとすると、必ず一旦停止する場所がある。止まらずにはいられないのか、無意識に止まるのか。従順に停止したその場所には、人の死がある。身近な人の死の匂いが漂っている。しかし、必ずしもそれが悲しい記憶というわけではない。その記憶は、穏やかで、陽だまりのような笑顔に満ちたものだった。ぽわんとした笑みが浮かぶ。

 死。私の中にのんびりと佇む、ひとつの記憶が残っている限り、私にとっての死は、必ずしも悲劇的なものではなく、丁寧な握手や抱擁そのものに思えるだろう。死を喜ばしく。

 病院に到着した時には、精神科の待合室は混みあっていた。横並びにずらっと椅子が並び、色素が薄くなったような人間で敷き詰められる姿は、たとえば外科や内科のそれとは一線を画すだろう。精神科は、古い建物の一角にある。隅に追いやられている邪魔者、というわけではないが、しかしそのスペースだけ、空気が沈殿しているような感覚があり、たしかに中心部には設置する気は起きにくい。

 診察待ちには、数十分単位を消費するだけでは足りない。1時間をひとつの単位として、だいたい2つ、多くて4つ使わなければならない。あまりにも長い。あまりにも長いため、時間と考えると、2時間、4時間の待機はとてもじゃないが、耐えられない。そこで、角砂糖の1個、2個のような軽く浮いたイメージにしてみると、それほど疲弊しなくていいのだ。しかしやはりあまりの長丁場にしびれを切らしたときは、近くの公園に行くか、飲食店に逃げる。それでも時間を1つ消費できればいいほうだ。残りの1つ、2つ、もしや3つ……どのようになくしていこう、と考えただけでぐったりしてしまう。

今日は、4つ。とくに行きたい場所も思い浮かばず、待合室から離れずにいたおかげで、番号が呼ばれて立ち上がると、全身がぴきぴきと大きく鳴った。

 診察では、これからの私のことについて話していく。ざっくりではあるが、核心をつくような話。しかし、口から出る言葉に重量がみられない。まるで、「近所の○○さんが~」と前置きしているような軽い口ぶり。単語ひとつひとつの重たい意味を知りながら、それを口に出していても、言葉にした感触がない。なぜだろう、今後の生き方を話しているのに、自分自身のこととは思えない。

4つ消費して、真っ先に、強く思い知ったことは、私の軽さだった。身体の重さを差し引いた心の重たさが、軽い。しかし、そんなことは、とっくに知っていた。嫌気だって差している。これ、身体を鳴らしてまで知るべきことだったのか。角砂糖のイメージが、一気に崩れる。4つが4時間、4時間が240分、240分が……と、いよいよ心に迫る単位に変わっていく。戻っていく。

 大学へ向かう。家と大学を往復するたびに、財布が薄くなる。今日は、やはり寒かった。声を出すことにもためらう、萎むような気温。それでも、日差しは春のもので、車窓から見える風景は、暖かくやわらかなものだった。そういえば、いつから日差しが春のようだと気付いたのだろう。12月と3月、その日差しはなにが違うのだろうか。感覚的なものだとしても、そこに気まぐれさが見え隠れしてしまう。もしや違いなどないのでは、とも思える。ああ、たとえそうだとしても、今が春の日差しならそれでいい。細かいことは考えなくていいのだ。

 武蔵野の森は静かだった。大学の敷地内には、凛と佇む森がある。武蔵野をイメージしたこぢんまりとした森。私はこの森が好きだった。4年間もの大学生活には、よいこともあれば下を向くほかないときもあった。おそらく、あらゆる試練(といってしまうと大げさになるのだが)に耐えながら過ごした時間が、4年間の大半だったのではないだろうか。私の大学生活は、必ずしも楽しさ一色ではなかったように思う。

下を向くしかない、下のほか向ける場所がないときには、教室に向かう道を遠回りしてでも、武蔵野の森を通って行った。葉のさざめきだけがザアザアと鳴っている。そのほかの、大学の敷地にある生活音が遠ざかる。緑に包まれていながら、白黒のイメージが広がっていく。それだけで、どこか落ち着くことができた。しかし、こうして書いていくうちに、やはり、私は静かな人なのだと改めて思う。

 もう、頻繁に武蔵野の森に行くこともない。しきりに立ち入るようではいけない。まさか、私が卒業できるとは。安堵や感慨に浸るよりも先に、驚きがあった。留年するかもしれない、と、諦めかけていたからだ。友達との別れ、お世話になった方との別れのしんとした気持ちも大きい。ただ、「喪失」と、敢えて大きな言葉を付けてもよい別れは、あの森の、心地よく気楽でいられた空間との別れだ。

あの、ひっそりと安堵できるような場所が、新しく作れるだろうか。不安だ。もし、そのような場所を見つけたとしたら、あの森のことが記憶から薄れてしまうのだろうか。忘れてしまうのだろうか。それが健全であることは、単語として頭には入っている。ただ、もう、それでいいと言い切ることができないし、それがまたもどかしく、切ない。

 これから、あの森を避けたくなる。定期券も切れて、ますます遠ざかる感覚が迫る。何も書けないような気分になってしまう。

このところ、シクラメンを日光にあてている。部屋の中にいるだけでは腐っていくのではないか、と、不登校の子どもをもつ親のような心配をもってのこと。我が家の室内は、日の当たる時間が短い。朝も過ぎていくと、日の光が入らなくなってしまう。そのため、かれらには悪いが、寒いベランダの外に出して、太陽を浴びてもらう。

朝目覚めたころに見るシクラメンは、心なしか少し色の薄い気がする。覇気がない、と言うと少し厳しいが、ハリがみられないのは事実。一転、日の沈みかけたころ、ようやく外から持ち帰るときには、ひとふさひとふさが、ピンと背筋を伸ばした先に、色鮮やかな色を見せびらかしている。元気だ。ハリもある。イキイキしている。私は情が入りやすい人で、シクラメンのかれらにもまた、その単純なさまに、愛くるしさを感じてしまう。

 しかし、いくらシクラメンを愛でたとしても、その鮮やかな朱色に熱を抱いているとしても、ぽかぽかと暖まる陽気は一向にこない。しかも、窓の開け閉めに難がある。今日はどれほど寒いのだろう、と、部屋の窓をがらっと開けるにも、きいきいと鳴ってしまうのだ。甲高くて鋭い音が、尖った冬を呼び寄せる。この窓は、シクラメンを出し入れするときにも使うのだ。なんとかならないかな、この窓の軋み。

 早く、本来の春がやってきてほしい。ただ複雑な気分でもある。暦から見れば、くっきりと春なのだが、しかし春はまだ遠い。その季節になれば、風景がぽかぽかと柔らかくなり、花も咲き、そして、複数の強い感情が、一斉に立ち上ってくる。この、感情の面は、とても難しい。広告を見るに、華やいだ気持ちが前面に押し出されているのだが、本来はそれだけではない。喜怒哀楽、その4種のなかを行ったり来たりする感情、その往来の感情のまた細部の揺れ、と多様なことだろう。その多種多様な揺れが、がなり立てるように主張しあうと考えると、自分のことながら、大変だなあ、と他人のふりを決め込みたくなる。それほど、大変なことに思えてしまう。

暖かくなることの弊害ともいえるかもしれないが、そうなれば、厳しい寒さは、感情を締め付けるものなのだろうか。転じて、暖かさは感情を緩めるものなのだろうか。心の揺れの手なずけるやり方が、とんと分からない。しょうがないのかなあ、と呟きつつ、できれば楽しめられたらいいのに。しかし今は、せめてシクラメンでも、シクラメンのかほりでも嗅いで、ああ、シクラメンのかほりだわ、なんて思ったり。 

↑このページのトップヘ