湿った夜風が、レースのカーテンをふっと揺らす。レースの格子のあいだを通り抜ける。部屋にふわっと入り込む。多少の湿気は、カーテンが絡めとってくれたのだろうか。湯船からあがったばかりの身体を、涼風が撫でていく。ある年の12月によく聴いていた曲を思い出した。歌いだし。ひとかたまりの歌詞の衝撃。タバコでも吸いつつ、または酒の酔いを残しながら、真夜中のベッドの上でまどろむ、くらいの情緒でもって生まれたような出だし。



 こののろいから とかれる日はくるの?
 あの魔法は もう とけてしまった?
 『呪い』 - YUKI



 馬鹿になったみたい。と、冷笑するばかりの考え事をおっぱじめては、「あ、無駄だった」とまた笑う。最近は、身体のことで頭を悩ませる。私の身体、誰かの身体、実体のない身体。「身体」を知りたいからか、書店で買う本は「性」を理性的に扱った内容のものが多い。読んでは考え、また本を手に取る。この繰り返しは果たして止むのだろうか。もしかしたら、いつまでも止められないままかもしれない。余計なことか、と頭を横に振って、また読みふける。読むだけではなく、動きはじめている。身体と心を動かしている。言葉と身振りと思考を使って、可能な限り、私の、誰かの、実体のない「身体」を知る。


 生活することに実践は外せない。そして、のんびりと、ぐるぐると、頭を稼働させることが、生活のすべてではない。ひとつの区切りとして、そう、結論付けておこう。……と、そう思いたいのは、考えるだけの日々を終えて、楽になりたいからだった。でも、それは急に切り替えられるものでもない。かといって、動かないわけでもない。マルチタスク。マルチタスクの自身に、少しだけ疲れてしまった。身体が火照ってしまった。これでいいのだろうか、いや、たぶんこれはよろしいことではない。焦りがつのり、自責も堆積していくのを感じる。


 ただ、そのようなせわしい日々もいつかは、本当に一区切りがつくだろう。その日が来るまでの辛抱。いっそのこと、魔法が解け、呪いを一身に受けてみたい。そのためだったら燃焼物として燃えてカスになってしまってもいい。ああ。ここは耐えるところだ。楽しく耐えて。

 威勢よく眠ろうとしたが、そもそも元気なころに意識を飛ばせるはずがない。いくばくかのチャンスはあった。魂が身体から抜けはじめた感触や、両手両足が、時間をかけて透明になっていく実感もあった。それなのに、いやそういう局面だからこそ、ついつい欲が出てしまう。「あ、いけるな」と思ってしまった。これは楽勝、落ちるだろ、と、油断の表情を見せてしまったのだ。そうなってしまってはおしまいだ。我を出してしまうと、眠りからは遠のいてしまう。そして私は、部屋の明かりをつけるに至った。あともう一歩のところだったのに!今となっては、まったく眠気がない!


 日付は代わるも昨日の延長だ。しかし考えごともとくにない。どこかに置いてきてしまったような、空白のある心の静けさがあるだけだ。足りないものはない。溢れるものもない。欲しいものも、捨てたいものも、思い当たらない。ほどよく満たされている。過不足がない。でも、たしかに空白がある。どうしたらこの空いた1ピースを埋められるのか、途方に暮れる。いや……ただ眺めている、ような感覚か。以前よりも寂しさや孤独感は、大いに少なくなった。それどころか、ひとりでいながら、親しい人たちの心強さを感じているほどだ。寄る辺のない現状でありながら、かつてない充足感。不思議な意地。……なのに、惜しいなあ。


 深夜のラジオを聴いている。こんな時間にひとりだからこそ、大胆かつ下品に笑っている。

 とにかく暇をしているときがある。ただただ何もすることがなく、手持ち無沙汰がピークに達したようなときだ。時間をドブに捨てているように思えるも、それでもせっせと時間を手放し続けるあの気だるさ。しかし心の底では、しなければならないこと、課されているものを知りつつも、静かに重石で蓋をする、あの煩わしさ。腐っていくのではないだろうかと焦りつつも、陳腐化を止める気も本腰ではない。


「何がしたいんだ!」
「……何もしたくない!」
「じゃあ何もしない?」
「……いや、何かしらはしていたいかな……。」


 だいたいこのような会話、で済ますことができる時間。ぐずぐず。煮え切らない。でもちょっとだけ気楽。いや真綿で首を締められているかも。どっちに行くのか。どっちつかずだ。わかる!わからない!そうだ!そうか?……の繰り返しを、手のひらで転がしている。とことん暇でないとできない。


 と、自分にとっての局面がやや変わった実感のある今は、少し、のほほんとしたとことん暇な気分を、また味わいたいかもなあ、と、思わないでもない。でも「思わないでもない」程度なので、なくてもいいや、くらいのものでもある。ふと、ちょっぴり書きたくなったので。

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